雑多庵 ~映画バカの逆襲~

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マーティン・スコセッシ監督の最新作『沈黙』を紹介します。

スコセッシ監督については学生の時に色々書いたほどなので、思い入れのある監督なのです。
だから新作は確実に見に行くわけですが、本作もスゴイ映画でした。

暴力映画の名手が撮った信念についての映画です。
これは覚悟して観にいってくれい!

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あらすじ
17世紀、イエズス会の布教のために日本に滞在していたフェレイラ司祭から連絡が途絶えた。最後の手紙では日本におけるキリスト教徒への弾圧について書かれており、交易人の話からフェレイラは棄教したと思われた。しかし、日本の布教活動最大の貢献者とされていたフェレイラが棄教したと信じることができない弟子二人は日本へと向かう。厳しい状況を半信半疑で向かったが、そこでは政府から厳しい弾圧から逃れるため隠れ切支丹となっている人々がおり、信徒を探し出すために踏み絵が行われていた。踏み絵を拒否したものは拷問、処刑が行われる状況を目の当たりにして信仰心に揺らぎが生まれ始める。なぜ神はこれほどの苦難を与えるのか・・・なぜ神は沈黙しておられるのか・・・

原作は遠藤周作の『沈黙』。スコセッシ監督はこの原作を『キリスト最後の誘惑』のころから映画化したいと考えていたそうです。つまり20年越しぐらいに実現した念願の企画だったわけ。なかなかお金が集まらなかったことが冒頭の制作会社のマークが3つぐらい出てくるところに現れています。ヨーロッパ資本で作る映画の場合は複数の会社と共同で制作することが割とあります。日本でいうところの製作委員会方式と似たようなものですが、ちょっと違うかな?
で、スコセッシ監督がなぜこの映画を作りたかったというと、第一の理由としてスコセッシ自身がイタリア移民系のカトリックであることが挙げられます。まぁ、単純に言い過ぎなので以下補足。
神父にもなろうと神学校にも入ったそうですが、周囲はギャングだらけの環境だし、自身も暴力やセックスに惹かれてしまう人だったためか、入学して一年で放校になってしまったそうな。そうこうするうちに映画監督となったわけですが、宗教的なイメージやテーマを暴力映画の中に織り交ぜ、信仰と贖罪と暴力とを共存させているのがスコセッシ作品の大きな特徴です。『タクシードライバー』では汚れた人間があふれている通りを粛正するのは自分の使命ではないかと思い込み始める男が主人公だったり、『ミーン・ストリート』ではヤクザで借金まみれの友人を助けてやることが自分にとっての救いにもなるのではと思い始める話になっているとか。『レイジング・ブル』では家庭内暴力の連続で周囲も自分も破壊していくボクサーの主人公がリングで殴られ続けることで贖罪しようとする話です。このように自作で追及しているテーマと原作の信仰とは何かを問う物語が近しいことが企画の発端となっていると思われます。

まぁ、暴力映画の名人ですから本作も強烈です。
冒頭から煮えたぎる温泉をちょっとずつかけていく拷問に始まり、穴吊り(人を縛って逆さに吊るして放置。長時間頭に血が上った状態になるため非常に苦しいのだそうな)、生きたまま焼き殺す、大波が打ち寄せる場所に縛って死ぬまで放置など、恐ろしい拷問描写のオンパレードです。当時の政府はこういった強烈な拷問・処刑を見せしめとして行うことでキリスト教を徹底排除しようとしたわけですね。

そして出てくるのは司祭に突き付けられる「お前が棄教すれば済む話なんだぞ」という言葉。神が与えた苦難と言うが、実際は司祭が災いを持ち込んだのではないか?踏み絵を踏みさえすればいいものを、それを許さなかったのは司祭の側ではないか?お前たちは日本の宗教のことは分かっているのか?このような問いがいくつも出てきて単に当時の日本の政府を批判する内容にはなっていません。ましてや神を信じて殉教することが美徳だとも語っていません。どのような形で自分の信条を貫くのか?あなたならどうするのか?宗教の問題である以上に人々が生きていくうえで持つ信条についての映画と僕は考えています。

物語やテーマ的なところに注目するだけでも面白い作品ですが、音響的にも本作は面白いことをやっています。
スコセッシ作品は現代劇の場合は大量にポップソングを流す傾向があり、ポップソングでなくオリジナルのスコアを使う場合でも割と音楽を積極的に使うのですが、本作では音楽らしい音楽はほとんど聞こえてきません。時折バックで小さく鳴っていたり、町のシーンで聞こえてくるぐらいでほとんど使っていません。その代わりに聞こえてくるのが風や波、虫による自然の音。セミや鈴虫が鳴き、それを季節の風物詩だと考える風習は日本ならではだと思います。会話のバックでも割と大きめの音量で虫の音が入っているのが印象的で、エンドクレジットでも自然の音しかつかっていないことから、音楽の代わりに自然の音を使ったと考えられます。どのシーンでどういった音が聞こえてくるかに注意してみると面白いと思いますよ。

これら自然の音を使った理由ですが、一つには日本の夏を表現したかったと考えられます。
そしてもう一つ考えられるのは、原作にある

「人間がこんなに哀しいのに 主よ 海があまりに碧いのです

という言葉を音響的に表現したということ。
暴力が行われ、信頼を裏切ってしまう人間、しかし完全に裏切ってしまうことも、すべてを許すこともできない人間たちが哀しく死んでいくのだけど、自然は変わることなく美しくあり続ける。考えすぎかもしれませんが、本作の音響にはそんな深い意味も込められているのではと思います。そして、この音は映画館の暗く静かな環境こそが最高の視聴環境だと思います。2時間40分ぐらいの長尺ですが、注意深く見て聞いていれば体感時間は2時間ぐらいの映画です。日本人の出演者も豪華で皆さん素晴らしい仕事っぷり。特に塚本晋也監督と窪塚洋介がいい仕事してる!とりあえず、観ろ!



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