雑多庵 ~映画バカの逆襲~

管理人イチオシの新作映画を紹介するブログです。SF、ホラー、アクション、コメディ、ゲーム、音楽に関する話が多め。ご意見・ご感想、紹介してほしい映画などあれば「Contact」からメッセージを送ってください。あと、いいお金儲けの話も募集中です。

皆さんお待ちかね、「さよ朝」(公式の略称です)のご紹介です。

脚本家として「true tears」「あの花の名前を僕たちはまだ知らない」「花咲くいろは」「心が叫びたがってるんだ」「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」など様々な作品を手掛けてきた岡田磨里さんの初監督作です。

実写ではよくあることですが、脚本家が監督になるケースはアニメの現場では非常に珍しいことです。
しかも、あの岡田さんが今まで何度も組んできたP.A.Worksと一緒にオリジナルの劇場作品をつくるというから制作発表されたときから期待しておりました。ちなみにP.A.Worksの初の元請け作品が「true tears」であり、10周年記念作品が「花咲くいろは」です。TVシリーズの作品が多いPAにとって久々の劇場作品でもあります。

さて、そういった期待感の中見た本作ですが、なんとも堂々とした格を持った映画でございました。
結論から申し上げますと、傑作です!

sayoasa

おはなし

どこかの世界、いつかの時代。

イオルフは糸を紡ぎ、ヒビオルに世界を記録し続ける民。外界との交流を断ち、一生を少年少女の見た目のまま何百年も生きる種族である彼らは普通の人間にとって伝説上の存在である。悠久の生を生きるイオルフにとって人間の一生はあまりに短く、人間との出会いはその先に訪れる別れも意味する。そんな彼らを人々は「別れの一族」と呼んだ。

主人公マキアはイオルフの民であり、15歳の少女だ。長老や友人に囲まれつつもマキアには家族がなく、孤独を感じていた。それでも日々を織り、暮らし続ける平和な毎日。しかし、それは一夜にして崩れ去る。翼竜を従えた人間たちに村は焼き払われ、女たちは連れていかれてしまう。戦火を逃れたマキアは人間の赤子に出会う。襲撃から子供をかばって死んだ母親の手の中で力強く息をする小さな命。マキアは赤子を守ることを決意するのだった。これは、親を知らず、子供を産んだことも、育てたこともない一人ぼっちの少女と一人ぼっちの子供の出会いと別れの物語である。

ファンタジー世界をリアルに照らす光
本作はまず美しいビジュアルで目を奪われます。

現代劇ではなく、完全なファンタジーなので登場する風景はすべて設定を考えて服装から経済、通貨に至るまで作りこまなければなりません。多くのファンタジー作品は既成のイメージの寄せ集めでしかなく、ファンタジーの映像化としては想像力に乏しいものになりがちですが、本作はその描きこみと光の表現によってオリジナル度を高くすることに成功しています。光の表現に関してはお見事で、夕焼けの太陽からオイルランプの光、朝の淡い光などシーンごとに徹底した光のデザインがされています。特に印象に残ったのは序盤の雲間から差す光と後半の青空。どのようなシーンなのかは見て確認してほしいですが、そのシーンだけでも十分に映画を感じる素晴らしいものでした。

この風景を作り上げたのは美術監督の東地和生さん。「凪のあすから」で見事な海の世界を作り上げた方です。



感覚を表現するアニメーション
宮崎駿監督によれば「アニメーションとは感覚を表現するもの」なのだそうです。

重いものを持った時に「重い」という感覚を持つと思いますが、実際に重いものを持ってしまえばなんとなく表現できてしまう実写と違い、アニメーションでは重いということを意図的に描かなければなりません。おいしい食べ物が出てきたら「おいしい」という感覚が伝わらなければ意味がないのです。いくらセリフで「おいしい」と言わせたところで、所詮は絵がしゃべっているだけですから信用できません。ジブリ作品の説得力のあるご飯描写は「おいしそう」と感覚的に伝えることに成功しているからこそすごいのです。では、さよ朝の場合はどうか?これがまた素晴らしいのです。

随所に飲み物を飲んだり、食べたり、歩いたり、痛そうにしたり、悲しそうにしたりするシーンがありますが、それが単に記号的な表現ではなく、作劇としてもキャラクターの動きとしても説得力があるのです。序盤で印象的なのが、マキアが赤ちゃんを死んだ母親の手から引きはがすシーン。死後硬直と生前の母の子を守る思いで固く閉じられた指の関節をゴキリゴキリと外し、その手の中にいる赤ちゃんが握り返してくる指の柔らかい感覚。アニメは絵が動いているだけの肉体のない映像かもしれませんが、私はこのシーンに確かに肉体を感じました。

日本のアニメ最前線を行く英傑たちが集結
作画オタク的な話も少々。

原画の中核を担ったのは井上俊之さん。この方は今の日本のアニメ業界で最も優秀なアニメーターの一人です。私が今ままで見てきたアニメのグッとくるシーンの多くが井上さんが書いたものだったと判明したところからも実力が伺えると思います。さよ朝では相当な数の原画(ラフ原も大量)にこなしたそうで、序盤の翼竜との追いかけっこや終盤の馬の描写は井上さんの手によるとみて間違いないでしょう。

コアディレクターとして中盤のシーンの演出から原画、作画監督も兼任された平松禎史さんは「ユーリ!! on ICE」のキャラクターデザインや天元突破グレンラガン劇場版の感動もののエンドロールを担当するなど非常に優秀な演出家であり、アニメーターです。

総作画監督は『凪のあすから』『Another』『クロムクロ』などでPA作品を支えてきた石井百合子さん。実はアクション系アニメーターだったりもするのですが、泣きの芝居が見事な方で、SHIROBAKOの終盤で宮森あおいが声優の友人が大役をつかんだ様にボロ泣きする名シーンもこの方です。さよ朝でも泣きのシーンが実に説得力があります。終盤の泣きがまたグッとくるんですよ・・・

他にも原画に”師匠”本田雄、井上鋭、本間晃、山下高明、松原秀典、林明美など作画監督クラスの一流の方が多数参加しています。さらには演出に長井龍雪、橋本昌和、絵コンテに安藤真裕、塩屋直義、橘正紀といった監督クラスの方々も多いという非常に豪華な布陣で挑んだ作品なのです。これで絵がダメなわけがないでしょう!

この面々をまとめ上げ、アニメの現場仕事が初めての岡田監督をサポートしたのが『凪のあすから』の監督である篠原俊哉副監督です。美術の東地さんや作画監督の石井さんも含めて中核スタッフが『凪のあすから』とほぼ同じなのです。

濃密な親子の時間
リアルな光に彩られた美しい風景と身体感覚も持ったアニメーション、それを活かして語られるのは母と息子の濃密な時間です。

兄弟はおろか親もいない15の娘がいきなり子供を育てようなんて普通に考えて無理な話です。
しかし、マキアは無理と言われても母になろうとするのです。分からないなりに一生懸命に。

しかし、時間は残酷なもので、どんどん大きくなっていく息子エリアルに対してマキアは少女のまま。最初は若くして子供を産んだシングルマザーで通せても母親が若いままというのもおかしな話です。イオルフであることを隠しているマキアはイオルフの象徴である金髪を染め、各地を転々とすることで何とか隠し通そうとします。母と息子から姉と弟、恋人へと当人の思いとは裏腹に周囲の認識は変わっていきます。

「このまま大きくならなければいいのに・・・」

息子を溺愛する母親が一度は思うであろう瞬間ですが、本作においては重く響きます。
そんな母の思いに対して息子は母を追い抜かして先へ先へと行こうとします。

人生の先へ、先へ、先へ、死が待つほうへ・・・

本作は異なる時間を生きる存在との交流と相いれなさを描いた作品と考えることもできます。
老人として生を受け、子供へと若返っていく男性と普通の女性との出会いと別れを描いた『ベンジャミン・バトン』、ヴァンパイアの少女と出会った男の子が彼女の下僕として生涯を捧げる覚悟をする『ぼくのエリ  200歳の彼女』といった作品が近いかもしれません。少し違いますが、『君の名は。』も異なる時間を生きる二人の出会いの物語です。



これらの作品とさよ朝が決定的に異なるのは本作が関係性が母と息子であるという点です。
上述した三本の作品はどれも若い男女の物語です。恋人というのは言ってしまえば他人なわけで、別れてしまえばその後かかわりを持つ必要は一切ありません。でも、親子ならば話は違います。どんなに離れて暮らそうが縁を切ろうが、親子である事実は変えられません。例えマキアとエリアルに血のつながりがなかったとしても一緒に過ごした長い濃密な時間は事実として残ります。この濃密な時間を2時間の上映時間に収め切ったことはすごいことだと思います。濃密で丁寧な描写を重ねつつも省略を巧みに行ったテクニカルな面、作劇面の両方で非常に優秀な映画だと思います。

これまでにも岡田さんの脚本作では母と娘の話は多く登場しました。しかし、それは親子の過ごした時間の一部分しか描けていないし、歳をとっていく過程までは描けていなかったと思います。『花咲くいろは』の劇場版では母の高校時代や子どもを産んだ後の話、親の代わりに兄弟の面倒を見る姉の苦労などを描いていましたが、それでも親という存在の一部でしかないと思います。自伝『学校に行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』で語られているように、岡田さんは母子家庭で奔放な母に振り回されていたそうで、家庭が闘争の場だったとか。闘争の場を経験してきた岡田さんが描く女性キャラクターは少し異常なことが多く、同性嫌悪なのではと思わせるほどなのですが、本作では毒気を感じませんでした。学生たちの青春を描きつつもアンチ青春にも感じられた岡田さんですが、初監督作では純粋な愛の物語になっていたことにも驚きです。もしかすると本人は私が考えているよりも優しい方なのかもしれません。

でも、岡田さん特有の剝き出しぶつけ合いエンターテインメントは健在です。
ドストレートなセリフで殴り掛かってくるだけなのに不思議とよけられないあの感覚の最新形がここにあります。



川井憲次入魂の楽曲
そして個人的にポイントが高いのが音楽の川井憲次さんの参加。

押井守作品の常連にして最高にかっこいい曲を作り続けている方ですが、さよ朝の曲はかなり良いです!川井さんの最近の作品の中では最もいいのではないでしょうか?少なくとも『ガルムウォーズ』(なぜサントラが出ていないのか!!)以降の作品ではNo.1の会心の曲です。川井憲次ファンの皆様、これはサントラ買いですよ。

母ちゃん連れて見に行けよ!
この映画お勧めです。P.A.Worksと岡田監督やかかわったスタッフやキャストにとって代表作となることでしょう。バカ息子たちよ、お母ちゃん連れて見に行けよ!



↓ランキングに参加しています。クリックで応援よろしく!
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット