雑多庵 ~映画バカの逆襲~

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サーファー映画、消防士映画といえば、映画の定番でございます。
大波や大火はどちらも人間にはコントロール不能なものであり、それらを乗り越えていく様はエンターテインメントとして刺激的な題材となります。

その2大定番題材に対して、これまた定番の「幽霊もの」「恋愛もの」を加えて見事に仕上げたのが今回紹介する『きみと、波にのれたら』です。

kiminami

あらすじ
千葉県の海の見える街で一人暮らしを始めた大学生の向水ひな子(「むこうみず」ではなく「むかいみず」です)は、自宅マンションで起こった火事をきっかけに消防士の雛罌粟港(「ひなげし みなと」と読みます)と出会う。
ひな子は港にサーフィンを教え、何度も会ううちに恋人の関係となっていく。
幸せな日々を過ごしていた二人だったが、港は海難事故で死んでしまう。
失意の日々を過ごしていたひな子だったが、ある時港との思い出の曲を歌っていると、水の中に港が現れることに気づく。
それは死にきれなかった港の幽霊か、ひな子の幻影か。
水の中の港との生活を始めるひな子だったが、それにもやがて終わりが近づいてきて・・・

監督は今最も忙しいあの人
監督の湯浅政明といえば、亜細亜堂出身のアニメーターとして「ちびまる子ちゃん」、「クレヨンしんちゃん」などで活躍したのち、短編アニメ「スライム冒険記~海だ、イエー~」(1999)で初監督。
その後は演出業が増えていき、「マインド・ゲーム」(2004)で初映画監督、TVシリーズの「ケモノヅメ」(2006)、「カイバ」(2008)、「四畳半神話大系」(2010)、「ピンポン THE ANIMATION」(2014)といった傑作を連発。
近年はアメリカの人気シリーズ「アドベンチャータイム」163話「Food Chain」をきっかけに設立した自身のスタジオScienceSARUにて2017年に『夜は短し歩けよ乙女』『夜明け告げるルーのうた』を連続公開、2018年にはNetflix製作の「DEVILMAN crybaby」を発表するなど目覚ましい活躍ぶり。今最も忙しい監督の一人であることは疑いようがない。
しかも、来年放送予定の漫画「映像研には手を出すな!」のアニメ化(NHK放送だと!?)、クレヨンしんちゃんのスピンオフ「SUPER SHIRO」、映画「犬王」など続々と今後の監督作も発表されている。すごすぎ!

いつもとは違う?
さて、そんな超ハイペースに作品を作り続ける湯浅監督の最新作が『きみと、波にのれたら』なわけだが、今までの作品を見ていると面食らうかもしれない。
それはこれまでの作品と比較してとにかくストレートで、リアル寄りな作風によるものだ。
湯浅作品といえば、エッジの利きまくった極端なパースのレイアウトだったり、絵が動くアニメーションならではの極端な表現(顔と同じぐらいのサイズの肉塊を丸呑みとか)をしたり、ファンタジックな物語になっているなど、リアルではないからこその面白さを追求している印象があった。しかし、今作では港が水の中に幽霊となって現れるという設定以外はファンタジー的な部分はほとんどなく、絵作りとしても極端なパースで描いたりせずにスタンダードなレイアウトを貫いている。物語としても、あらすじに書いた流れで概ね結末は予想できるタイプの非常にスタンダードなものだ。今どきここまで直球勝負の恋愛ものも珍しいだろう。

話は読める、普通の恋愛もの、それって面白いのか?いや、これが面白いのだよ!

スタンダードであることの良さ
本作はとにかくスタンダード。映画の基本を徹底順守した映画だ。
火事の中、花火をバックにはしご車で助けに来た港との出会いのシーンの劇的な感覚の演出、港が事故に遭う場面では曇り空でモノトーンのフィルターをかけた処理、「カーっ」と顔が紅くなる場面で車のドップラー効果付きのエンジン音のSEを付けるなど王道の演出を連発する。しかし、こうした基本的な映画の演出は最近の映画では意外とおろそかにされがちな部分でもある。映像的に誰もが理解可能で、最小限の説明とセリフで物語ることができる方法なのにだ。そこを守り続ける本作は物語ることへの意識が非常に高い映画的な作品といえる。
そして、基本的な演出を重ねているからこそ上手さも際立つ。
例えば、港を失い、失意に沈むひな子の様子。下手な映画はギャーギャー泣かせて「悲しんでいる!!」と猛烈なアピールをしようとするが、この映画の場合は暗い部屋の隅でつま先を見つめて悶々としているという演出を行っている。暗い部屋で一人、しかも特に何をするでもなく悶々とする、という単純なこの描写だけで十分に失意の表現ができている。表現として的確だし、しかも絵的なリソースも低い。上手い演出だと思った。
いくらスタンダードな展開といえども、話運びやセリフがダメならやはり上手くいかない。その点、脚本の吉田玲子さんは毎度ながら見事な仕事っぷり。実際にシナリオを読んだわけではないが(玲子さんのシナリオ集でないかなぁ・・・)、キャラクターを描くツボを押さえたセリフがお見事。
個人的には港の妹とひな子で交わされるこのセリフがかなり好き。

・カフェにて
港を失い、気落ちした表情のひな子。同じ席に港の妹、港の後輩がいる。

ひな子「おかしいなぁ・・・わたし、こんなに泣き虫のはずじゃなかったのに」
港の妹「(うんざりと)虫なら殺虫剤で駆除してよ」

この一発でキャラクターの性格が分かる感じがお見事。

映画にはダレ場こそが重要!
本作は物語がシンプルであるが故に物語上、それほど重要じゃない場面も多く存在する。
エンタメ的に盛り上がるアクションでもなければ、重要なセリフのある場面でもなければ、はっきり言って切ってしまっても話は繋がる場面、つまりダレ場である。
例えば、前半にあるひな子と港のデートのシーンモンタージュ。
ここでは主題歌となっている「Brand New Story」を二人で歌っているものをバックに流しながらデートの場面が続くのだが、どこか調子はずれで、しかも所々笑いながらのぎこちなさのある歌と、他人の結婚式のビデオやカップルのSNSのストーリーなどを見ているようなどこまでも甘いデートのシーンが合わさってなんともモヤモヤした感覚に。
ほぼフルコーラスで歌があるので3分ちょっとぐらいだろうか?もっと短くもできるだろうが、この長い感覚が重要なのだ。
それは、中盤の水の中の港とのダンスのシーンなどにも言える(ダンスのシーン素晴らしい動きです!)
何も起こらないシーンは退屈と言われがちだが、本当に無駄の一切ない映画は面白いのだろうか?
無駄な時間もあるからこその映画だと私は思っている。中盤の水の中での躍るような感覚は本当に美しかったし、この時間が無益とは私には思えない。

リアルを積み重ねた後の奇跡を見届けよ!
リアルな感覚を貫く本作だが、クライマックスではファンタジー的な奇跡を起こす。
大波に乗るサーファーと火消しの消防士の活躍を同時に描き、しかも物語的にも波に乗ることを登場人物の精神的な成長にも重ねて描くという映像的にも非常に見ごたえがあるものだ。詳細を書いてしまうと楽しみがなくなってしまうだろうから省くが、このクライマックスを見ると序盤の自転車で自宅に帰る場面がちょっとした伏線になっていたことも分かる。そして、波を超えた後のエピローグもまた気が利いている。最後まで手を抜かないところも素晴らしい。

スタンダードな物語を丁寧な演出と見事なアニメーションで描き切った傑作。
恋愛ものはちょっと・・・という人にも、否、そういう人にこそ是非見ていただきたいものだ。
今年はアニメーション映画がとにかく多いが、今のところ個人的ベストはこれ!!

主題歌「Brand New Story」のMV。映画を見た後にみるとまた感慨深いものがある


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