雑多庵 ~映画バカの逆襲~

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1都3県での緊急事態宣言が延長され、映画館の時短営業が続く2021年3月8日(月)、ついにエヴァンゲリオンが終わりました。

1995年から始まったシリーズが約25年間続き、その間にアニメーションの業界を取り巻く状況は大きく変わったわけですが、エヴァンゲリオンシリーズはその変化の中心にあった作品じゃないかと思います。最初のテレビシリーズはアニメを子どものころから見ていた第一オタク世代の人たちが中心となって制作された点や、庵野秀明監督が大好きな特撮作品や実相寺昭雄、岡本喜八、市川崑のスタイルを持ち込んだスタイリッシュな映像、多くの「大人たち」が話題にする社会現象化など話題性においては他の追随を許さない作品でしょう。影響力は凄まじく、現在でも2次創作やコスプレの題材になりますし、演出のスタイルを真似たアニメ作品や綾波レイによく似たキャラクターもよく見ます。実際、エヴァンゲリオンを見てアニメ業界を志したクリエイターは多いと聞きます。



それだけ業界に影響を与えた作品ですが、庵野監督がガイナックスから独立して株式会社カラーを設立し、2007年の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』から開始した新劇場版シリーズは積極的にデジタル技術が導入されました。当時すでにCGを導入した作品は存在しましたが、メカや構造物はCG、キャラクターは作画といった役割分担や使いどころについてはこの辺りで固まってきた気がします。その後2009年『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』、2012年『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』と連続して制作され、特撮作品の実写的な要素とデジタル技術を多用したアニメーションとのハイブリッドで描かれるアニメーションのクオリティは向上していきました。超展開から始まって続きが気になり過ぎる終わり方をした『Q』は物語面で否定的な評判が目立つ作品ですが、アニメーションとしては文句なしにトップクオリティの見事な作品です。

『Q』で見られた多くの批判や文化人・研究者による批評の存在からわかるように、物語面での言及が目立つ作品ではありますが、この作品の場合は映像面に言及する方が豊かな議論になる気がします。エヴァンゲリオンはその実、物語といえる構造もドラマの積み重ねもほとんどなく、描かれているのは私小説的な自分語りです。エヴァンゲリオンを語るときに多くの人が「自分にとってのエヴァンゲリオン」を語り、それぞれの視聴体験を語るのは作品自体が私小説だからこそでしょう。

かく言う私も、公開初日に見た日の夜中に収録したこちらの座談会では自分にとってのエヴァンゲリオン観や物語面への言及をかなりしているのですが・・・・



座談会では小難しい考察は抜きにそれぞれの感想や良かったシーンについて皆で盛り上がりつつ喋りまくっていますので、鑑賞済みの方は是非ご覧ください。個人的にはかなり楽しかったので、これを聞いて一緒に盛り上がってもらえればと思います。

座談会でかなり喋ってしまいましたが、付け加えるとすれば、本作は何よりも長く続いたシリーズを終わらせたことが重要です。総監督としての責任に加えてスタジオの経営者としての立場もある庵野監督にとっては、プロデューサーとしての勝利とクリエイターとしての勝利のどちらを優先するかが課題になったと思います。旧劇場版のころならば「気持ち悪い」で済んだでしょうが、25年にわたってめんどくさいオタクを量産してしまった問題はそう簡単には解決できるものではありません。多くの期待と不安を背負った状態で迎えた最終章でしたが、結末はありきたりな部分や強引さはあるものの、有無を言わせず本作がシリーズの終わりであることを示すあと腐れのないものでした。終盤は25年シリーズに向き合ってきたファンに向けたサービスがかなり多いし、最後のシーンも蛇足な気がしますが、納得する終わりを描けた点でプロデューサーとしての庵野監督は勝利していると思います。より良い作品を目指すクリエイターとしての探求が命題になっていたらおそらく以前と同じように終わらない(終われない)作品になっただろうし、映像主義からドラマの構築を目指した作りにしたのも正しい選択だと思います。「こんなのエヴァじゃない!」という一部での怒りの声も理解できますが、今までのものから脱却したからこそ終わりを迎えられたのです。



作品として今までのシリーズから変化した点も大きいですが、アニメーションのつくり方も大きく変化した作品でした。2000年代までの日本のアニメーション作品は手書き作画のアニメーターが花形、その他の部署は作画を際立たせるための要素でした。もちろん作画以外の部署の存在も重要で、美術や仕上げの貢献度が高い作品もありますが、画面構成の基本部分はアニメーターが決めています。その作り方は絵が動くことを重視したアニメーションならば当然とも言えますが、現代のアニメーション制作はデジタル技術を駆使したより柔軟な手法が採用されています。手書きで画面構成を行っていたレイアウト作業には3DCGでより正確な空間を設計する手法が導入され、作画の作業も紙と鉛筆からタブレット、昔は動きやモデリングの精度の問題からメカにしか使われていなかったCGはキャラクターのアニメーションにも使われるようになりました。ゲームではかなり前から導入されているモーションキャプチャーはアニメの現場でも一般的になりつつあります。今でも紙を使ったアナログ作画は多いですし、デジタル化が進んでいるとは言ってもすべてがデジタルというわけでもありませんが、デジタル技術抜きに(商業の規模で)アニメーションを制作することは不可能となっています。『シン・エヴァンゲリオン』でも全編でCGが導入され、3D空間でカメラ位置を自由に決められるバーチャルカメラやモーションキャプチャーが使われています。絵コンテで最初から完成図を決めてしまわずに、バーチャルカメラで模索しながら構築したカットを編集でそぎ落として徐々に完成形に迫っていくつくり方も採用されているそうです。後からの直しが難しいアナログの制作環境ではそもそもこういう発想自体が難しい。技術の発達があったからこそ作れたのが本作です。


↑のネタバレ座談会第2回では技術面についても話しています

3Dでカメラワークを何度も試行錯誤したであろうメカアクション部分や、原画枚数を多くした実写的な緻密な動きの設計を見て、制作スタッフの世代交代を感じました。原画でクレジットされている方々はエヴァンゲリオンの現場に初参加の人が多く、初期から参加しているスタッフよりもひとまわり年代が下の方が中心となっています。これまでのシリーズでキャラクターデザインや総作画監督を勤めていた本田雄さんや、『Q』でも超絶作画を披露していた沖浦啓之さんは今回不参加。西尾鉄也さんや井上俊之さんといった今までのシリーズに関わってきたアニメーターも参加されていますし、一部で超絶作画が見られるカットも存在するものの、作画ばかりが突出した印象はありません。作画・CG・美術・仕上げ・撮影の総合力で制作するのが現代のアニメーションなのです。部分的に突出させるのではなく、総合力で全体のクオリティを上げていくことが目指されているのだと思います。突出した部分が減っていくのはマニア的には少し寂しい気持ちもありますが、これからは平均的に作られた映像であっても輝く瞬間を見逃さない眼力が必要になってくるのでしょう。

25年間続いた巨大なシリーズであるエヴァンゲリオンはアニメーション制作においてもトップランナーでした。それが終わったこれからはエヴァンゲリオンのまいた種を受け取って更なる進化を見せるアニメーションがきっと見られることでしょう。願わくは、もっと面白い映像、もっと面白い動きが見たい。アニメ好きの旅は終わりません。
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