雑多庵 ~映画バカの逆襲~

管理人イチオシの新作映画を紹介するブログです。SF、ホラー、アクション、コメディ、ゲーム、音楽に関する話が多め。ご意見・ご感想、紹介してほしい映画などあれば「Contact」からメッセージを送ってください。あと、いいお金儲けの話も募集中です。

ノスタルジーにあふれた映画はいつの時代もある気がしますが、オタクな監督たちが時代への憧れや少年期の思い入れをストレートに表現しつつもノスタルジーに終わらない映画を連続してみる機会がありました。

オタクな監督と言えば、60年代フランスのヌーヴェルヴァーグ運動をけん引したジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーがハリウッド映画大好きな映画狂だったことは忘れてはいけないとは思いますが、彼らの作品はハリウッド映画に対するカウンターとして機能していた点でストレートな表現だったとはいいがたいと思います。ここで話題にしたいのはあくまで「好き」を全力で表現せずにはいられない「オタク」な気質の監督たちです。自分が好きなものへの愛を語らずにいられないのがオタクという生き方ですが、オタクな映画監督は作品内で自分が好きな映画へのオマージュをしたり、好きな俳優に自作への出演を依頼、場合によっては自らリメイクまでする極まった生き方を突き進んでいます。その最たる例が70年代ハリウッド映画や香港映画への愛を表明し続けるクエンティン・タランティーノであり、ほとんどのシーンに何らかの元ネタが存在する過去の映画の記憶でできた映画作りをしています。90年代のタランティーノ登場以降、こうした引用で構成する映画が流行ったわけですが、単なるコピーだけで許されるほど世の中甘くはありません。

出世作である2004年の『ショーン・オブ・ザ・デッド』以来、オタクな映画を撮り続けているエドガー・ライト監督の新作『ラストナイト・イン・ソーホー』は引用に耽溺せずに「今」の視点を取り入れた映画に仕上がっていました。
舞台となるのは英国の都市ロンドン。田舎から服飾デザインを学ぶためにロンドンにやってきた主人公が夢の中で憧れの1960年代「スウィンギング・ロンドン」の時代へタイムスリップします。夢の中で歌手志望の美人サンディとしての人生を体験していくのですが、だんだんと雲行きが怪しくなって次第と現実と夢の世界が混じり生活が侵食されていく・・・という展開です。


60年代ロンドンの空気感や衣装の再現度はかなりのもので、全編にわたって使用されている60sブリティッシュロックの楽曲の効果もあってノスタルジーに浸るには最高の映画でしょう。鏡を使ったトリック撮影(たぶん合成も多用しています)や極彩色の赤や青を多用した照明効果はマリオ・バーヴァの映画を思い起こさせますし、序盤のタクシーに乗るシーンはダリオ・アルジェントの『サスペリア』序盤のカット割りに酷似していました。劇中に登場するクラブ「INFERNO」は地獄のような場所という意味以上にアルジェントとバーヴァが一緒に仕事をした最後の映画『インフェルノ』(1980)へのオマージュなのではと勘繰りたくなります。このようにオマージュや影響元を上げ始めると止まらない本作ですが、懐古趣味的に「昔は良かった」と落とすのではなく、現代的な観点を取り入れていたことでノスタルジーに沈むことを回避していました。


現代的な感覚を取り入れる一番シンプルな方法は、過去を客観的に見ることです。60年代のロンドンのショービジネスの世界が誰にでも優しかったわけではありません。客としてやってくるのは白人オンリー、男ばかり。ナチュラルなセクハラ発言で終わればいい方で、大半が隙あらば股を開かせることを目的に来ている腐った根性のエロオヤジというゲロが出るほど嫌な面もあったわけです。もちろん、こういった問題は今も完全に無くなったわけではありませんが、60年代が今と比較してより問題が根付いていたことは間違いないでしょう。これまでコメディの多かったエドガー・ライト監督ですが、本作は60年代ロンドンの厭な面を逃げることなく描写していきます。ただ、そこはエンターテインメントを標榜する監督らしく、ヨーロッパの映画にありがちな生々しさを追求していない点も評価すべきでしょう。嫌なシーンにもマリオ・バーヴァ的な幻想的ビジュアルを持ち込み、そこに90年代ホラーの名作『ジェイコブス・ラダー』(1990)的な現実に侵食する悪夢表現と組み合わせることで、恐怖と幻想が押し寄せる演出がされています。エンタメの枠を超えないバランス感覚がお見事ですね。

物語の全体の構成や落としどころは90年代の傑作アニメーション映画(あえてタイトルは書きません)に非常に似ていることはオタクな皆さんならお気づきになられるかと思いますが、クライマックスでほんの少し違う視点を入れている点こそが本作における現代的なチューニングの部分です。そこを見逃さないようにご覧いただければと思います。

『ラストナイト・イン・ソーホー』ほどのシリアスさはありませんが、ノスタルジーに終わらない映画作りが出来ている作品としては『マリグナント 狂暴な悪夢』も近いものを感じる映画でした。


近いものどころか、影響元が同じくマリオ・バーヴァやダリオ・アルジェントで幻想的ビジュアルで、現実を侵食してくる悪夢という展開もよく似ていたりします。しかも、どちらも女性主人公で内容もサイコロジカルなホラー(『マリグナント』はサイコロジカルホラーからより即物的なバイオレンスへと転換していくジャンル越境的な展開が見ものですが)という不思議なシンクロニシティ。『マリグナント』のジェームズ・ワン監督(1977年生まれ)とエドガー・ライト監督(1974年生まれ)が年齢が近くて似たような映画が好きということもありますが、時代の要請がそうさせたと考えるのが自然でしょう。どちらの映画でも男女のペアの警官に事件の聴取をされる場面があり、なかなか信じてもらえない女性主人公という構図があったことが印象的です。女性に限らず、社会的に不利な立場にある人々を作品内でどう取り扱うかを考えることが映画監督の大きな仕事となった現代において、2人の監督が現代的なテーマとノスタルジーを両立させた映画を作れていることは、娯楽映画の世界における希望だと思います。
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