『ウエスト・サイド物語』といえば、1957年に初演されたブロードウェイミュージカル。1961年に映画化されたものが超有名で、マイケル・ジャクソンが好きな映画の一本でもありました(「今夜はビート・イット」のMVはこの映画へのオマージュとなっています)。
あまりにも有名な映画のために、再映画化されるという話を聞いた時には「本気か?」と思わずにはいられませんでした。名作のリメイク・続編が増える状況はネタ切れの表れですからね。ただ、監督がスティーヴン・スピルバーグとなれば話は別です。
スピルバーグ監督はミュージカルを撮った経験はないはずですが、『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』の冒頭部ではそれっぽいことをやってはいますし、そもそもが映画の天才です。それなりに面白い映画にはしているはず!と期待して見に行きました。結果、やっぱりあんたは天才!と思わずにはいられない見事な出来でした。
今回の映画化にあたってレナード・バーンスタインによる楽曲に多少アレンジを加えていますが、ほぼそのまま使用しています。ストーリーの展開も基本的に変わりませんし、当然オチも変わりません。大幅な変更を加えた再映画化も選択肢としては考えられますが、変更によるリスクを取らずに正面から名作に挑むとなると、単なる焼き直しに終わる危険性もあります。
1950年代のニューヨーク、ウエストサイドを舞台にポーランド系とプエルトリコ系の不良たちが抗争を繰り広げている中、それぞれの勢力の垣根を超えて愛で結ばれようとしている2人。しかし、立場の違いが許されることはなく、悲惨な結末に至ってしまう。。。
このあらすじだけで分かる方も多いと思いますが、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を現代を舞台として描いたものです。物語は古典、以前の映画化は映画史に残る名作。これをほぼアレンジを加えずに純粋な演出力で挑もうというのですから、スピルバーグ監督の度胸に驚かされます。そして、度胸だけでなく作品の質でも示してみせるのですから2重に驚きのある映画です。
まずは、冒頭。サラウンド音響を活かして定位を振って聴かせる音楽に始まり、カメラを立体的に動かす長回しの映像(たぶん合成しています)、音楽の盛り上がりと同期して開かれる扉。これだけでも十分気持ちが映画の中に入っていきますが、さらに続く街を唄って踊りながら闊歩する不良たち。そして、チェイスシーン、乱闘!!と盛り上がる要素を畳みかけていきます。気づけば、すっかり気分が良くなっているこの感覚こそがスピルバーグ監督らしさだと思います。
続く体育館でのダンスシーンはシネマスコープのワイドな画角に映える左右に広がったレイアウトと、カラフルな衣装が強烈なインパクトを与えます。音と絶妙に合わせすぎないシンクロ具合も気持ちがいい。そこで出会う2人のシーンは照明効果抜群で光り輝く美しい瞬間を演出します。この体育館の一連のシーンだけでもスクリーンで見る価値がありますよ。ロバート・ワイズ監督の1961年の映画版も素晴らしいですが、最初の1時間でスピルバーグ監督の再映画化は名作を越えたと確信させられました。
この美しい映像を実現した撮影監督のヤヌス・カミンスキーは『シンドラーのリスト』以降のスピルバーグ作品をほぼ全て撮影している巨匠ですが、本作の撮影は近年のベストワークなのではと思うぐらい素晴らしいです。ちなみに、撮影で使用しているのは35ミリフィルム。フィルムだから偉いとは思いませんが、フィルム撮影ならではの美しさがあることを実感させられる映画でもあります。
映像的な部分だけではなく、ドラマ的にも盛り上がりのある作品です。物語自体は古典なので、見る前から全てが予想できてしまうのです。分かったうえで見るからつまらないだろう?と疑惑の念を抱かれるかもしませんが、不思議なことに見ているうちにどうやって終わるのだろう?という疑問に変わっていくのです。これはスピルバーグ監督の演出が上手いからと言うしかなく、近年の映画にありがちなツイスト過多なねじれきった展開がなくとも優れた演出さえできていれば観客の心を揺さぶることは可能なことの証明にもなっています。
最近は映画館で見る機会が以前よりも減っているのですが、本作のような目も耳も喜ぶ体験はやっぱり映画館の環境が必要だと改めて思いました。
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