雑多庵 ~映画バカの逆襲~

管理人イチオシの新作映画を紹介するブログです。SF、ホラー、アクション、コメディ、ゲーム、音楽に関する話が多め。ご意見・ご感想、紹介してほしい映画などあれば「Contact」からメッセージを送ってください。あと、いいお金儲けの話も募集中です。

「傷物語」といえば西尾維新の小説「化物語」の前日譚として書かれたものです。「化物語」が2009年にアニメ化された際に1話目の冒頭で当時制作されていなかった「傷物語」のあらすじを超速で見せるという凄い導入をやっていますが、実際にアニメ化されたのがシリーズがかなりの本数を作られた後の2016年のことです。

傷物語 こよみヴァンプ : 作品情報 - 映画.com

「傷物語」は最初は各話70分程度の劇場向け映画3部作として制作されており、2024年に公開された本作は3部作を144分の映画として再構成、映像も全体的に修正を施し、音響に関してはアフレコも含めてやり直したものとなります。テレビシリーズとして制作されたものを劇場向けに編集しなおした作品は多いものですが、本作の場合は単純な総集編映画に留まらず、再解釈というべき内容となっていました。

元の三部作の時点で作画のクオリティや背景美術や撮影処理に関しては同年公開の他の映画と比べてもトップクラスと言える素晴らしいものでしたが、既存のファン以外にはあまり届いていなかった印象があります。その原因はいくつか考えられます。

まず、劇場向け作品と言うには1本あたりの尺は短めで長編映画の印象が持たれにくかった。次に考えられるのがもっと重要で、シリーズに慣れていない人がいきなり入るには厳しい映画のような印象があったと思われます。他にも3部作と言われると、ずっと付き合わないといけないのが鑑賞ハードルが高いなどいくつかの障壁があったと思います。

では、本作でその障壁が全くなくなったかというと微妙なところですが、一本の映画として構成し直したことで見やすくなったはず。そもそも本作の狙いは作品が持っていた吸血鬼ものとしての魅力を増強することにあったように思われます。どうしようもなくお人好しな主人公阿良々木暦と吸血鬼キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードとの血で交わされる絆の物語。それが傷物語の骨子のはずですが、元の3部作では度々挿入されるギャグシーンや西尾維新が得意とする言葉遊びによってその部分がやや薄れてしまっていたと感じます。



本作ではギャグ的な部分は大幅カット、セリフの応酬は極力抑えられて説明的な箇所も最低限にした非常にタイトな映画になりました。尾石達也監督は「さよなら絶望先生」の頃からアバンギャルドな演出を多用していましたが、本作でもタイポグラフィを利用したり、実写映像も混ぜる自由さを独特なリズム感で演出しています。シャフト的と言われるようなレイアウトや目パチ演出などクリシェ化した演出もほとんど無いため、尾石監督の要素がより濃厚になった印象です。

本作を見ていて以前の三部作よりも日本を象徴するようなカットが印象深かったです。オープニングから仏像、縦書きのスタッフクレジットで始まり、度々挿入される日の丸の国旗、学校の校舎、学習塾跡(モデルは丹下健三による建築「山梨文化会館」)、そして終盤に登場する国立代々木競技場。日の丸に関しては血の絆を描く物語のイメージとも言えますが、西洋由来の横文字の塊のような吸血鬼と日本のやたら複雑な名字の少年との対決を描く不思議な話に日本的な要素が強調されることで、表面上の物語とは異なるテーマが浮かび上がります。

インタビューを読むと傷物語制作時の2011年3月11日に東日本大震災が起こり、日本で生きていかなければならない若者を描く思いが監督にはあったそうです。奇しくも2024年1月1日には石川県の能登半島地震が発生しており、このブログを書いている時点でも影響は出続けています。自らを吸血鬼として他人と不幸を分かち合いながらも生き続けることを選ぶ日本の若者の物語は公開当時よりも強いメッセージ性や政治性を帯びることになりました。ラストの主人公の優しい表情は相手を慈しむ心だけではなく、これから待ち受ける苦難に向き合う意志も込められていると思います。


このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット