「ヘレディタリー/継承」(2018)、「ミッドサマー」(2019)で日本でもファンの多いアリ・アスター監督の新作です。
長編デビューの「ヘレディタリー」から2作続けてホラー作品を撮っていたためにホラー監督の印象がある方も多いと思いますが、今作は一風変わったコメディの・ようなものです。
主人公のボーは世の中のあらゆるものを恐れていて常に不安です。自分の住むアパートの周りは暴力沙汰が常に起こり、ヤク中・露出狂の殺人鬼・謎のヒッピー集団が文字通り道に溢れかえっているから家に帰るのも怖くて仕方がありません。抗精神不安薬を処方して貰わなければ落ち着いて寝ることもできません。そんなボーは里帰りのために飛行機を予約していましたが、忘れ物を取りに鍵をドアに刺したまま目を離した一瞬の間に鍵は無くなり、荷物も消えました。家を出ることができなくなったボーは母に帰省が遅れることを知らせるために電話をしますが、そこで出たのは母ではなく母の死体を発見した配達員でした。衝撃・絶望・否定。母に会うためにボーは実家に向かいますが、邪魔が入り続けなかなかたどり着かない、、、
全編を通して不条理な展開が続くので、説明したところであまり意味のない作品です。気になる方はとりあえず見てみることを推奨します。ただ、見る前にアリ・アスター監督のスタイルと出自はある程度把握しておくべきかもしれません。とりあえず「ヘレディタリー」と「ミッドサマー」の2作は見ておくのが良いでしょう。ビジュアル的なイメージはこの2作からそれほど変わっていません。絶妙にミニチュア的で少し引いた視点であえて作り物っぽい撮影で、時にはファンタジー的に展開させる作風は「ボーはおそれている」では全開です。
「ミッドサマー」については当ブログでも過去に取り上げているので、是非御覧ください。
アリ・アスター監督は短編映画出身で、中にはYouTube上で見られるものもあります。例えば以下の「The Trouble With Mom」は「ボーはおそれている」を理解するには非常に重要な作品になるでしょう。というか、作品のテーマ性はほぼそのままで、「ボーはおそれている」は本作を別の手法で描きなおした作品のように思えます。母の嫉妬と息子の受難の話ですが、「ヘレディタリー」は子を亡くした母と罪悪感に苛まれる息子の話だったわけで、どうやら監督はよほどお母さんに厭な思い出があったように見えます。
想像される厭なことが不条理な展開で次々と起こる作品ですが、正直に言えば予想外のものはほぼありませんでした。というのも、多くの出来事には事前に前フリがあり、伏線は丁寧に回収されていくからです。つまり想定通りに最悪です。強迫性障害のある人はもしかしたら?と最悪のケースを想像し続けて不安になってしまうと聞きますが、本作はそういった日々に不安を抱える人の内面が描かれているのであり、想像を超えるようなインパクトのある事態はほとんど起きないのが映画としての弱さを感じました。監督の作風であるファンタジー的な雰囲気もあって、内面的にはリアルに感じているはずの異常事態に距離感があるのも問題かもしれません。
狂気的な作品であることを宣伝ではプッシュされていますが、監督の真面目に作ろうとする意識が枷になっている印象があります。前作の「ミッドサマー」の時点でも周囲の高評価に対して賛同することができていなかったのは同じような理由です。丁寧に仕掛けていくスタイルで物語を表現する力のある監督だとは思いますが、テーマや物語の構造を作り込んでしまうことで本来的には不条理コメディになるような「ボーはおそれている」が非常に真面目な作品になってしまったことが惜しいと感じます。長編三作目なのだから、一皮むけた作品を作ってほしかったのが正直な感想です。比較するのもよくないと思いますが、アリ・アスター監督と同じようにファンタジックな作風の中に真面目なテーマも入れていても、魅力的なキャラクターによるコメディを作ることができているウェス・アンダーソンは上手いなと思ってしまいました。
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