東出昌大といえばモデルとしてキャリアをスタートし、2012年の『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー、2013年にはNHK連続テレビ小説『あまちゃん』『ごちそうさん』に連続出演するなど国民的な俳優として知られている。その後も映画を中心に様々な作品に出演し、2015年には『ごちそうさん』で共演した女優の杏と入籍、3人の子にも恵まれた。

一見完璧な家庭のように見えたが、2020年の東出の不倫報道によって状況は一変する。連日の報道、本人による記者会見、離婚報道については記憶に残っている人も多いだろう。スキャンダルの常として、時間の経過とともに風化して別のスキャンダルへと話題は切り替わっていったが、その後の東出がどう生きているのかを把握している人は少ないはずだ。今回紹介する『WILL』は東出の報道以後の生活に密着したドキュメンタリーである。

不倫騒動で東京に帰る家を失った東出は一人、山で暮らし始めた。猟銃を背負って独り山に登り、獣を狩って解体する日々にカメラは密着する。一日に山をいくつも越えて歩き回り、撃った鹿の腹を割いて臓器を取り出し、血を抜いて車に載せて運ぶ。山小屋に戻って獣を解体する作業までこなす手慣れた手付きは映画やテレビでの印象からはなかなか想像できないと思う。

数年前に狩猟免許を取得して単独狩猟のスタイルで始めた東出だが、元々父親がアウトドア志向の人らしく、息子たちとよくキャンプに行き、幼稚園の頃にはナイフをプレゼントするなど幼少期から自然の中での暮らしに親しみがあったという。その後、NHKの番組がきっかけで、極力少ない装備で食料も現地調達する「サバイバル登山」を実践する登山家の服部文祥と出会ったことで山での暮らしや狩猟への興味を持つようになったそうだ。

単独での狩猟をしているとはいえ、山での生活を完全な独力で成立させるのはまず不可能だろう。独力でなんともしがたいトラブルも起こるもので、車が脱輪して立ち往生してしまう瞬間も登場する。その際に助けてくれるのが、地元のおっさんたち。地元の人々と交流を続けた東出は猟友会にも加入し、酒の席で語らい、子どもたちに鹿肉を振る舞う場面も映っている。そこだけを切り取ると彼の善性を押し出すように見えるが、地元の人には芸能人であることを前提に見られていること、ドキュメンタリーを撮られていることを意識してしまうこともあるとも語られており、単に「良い人」なだけではない人間味を感じる物となっている。その正直な人柄は噂を聞きつけてやってきた写真週刊誌の記者をも惹きつけることになる。

どんなに良い人であったとしても、自らの過ちで家族を崩壊させた「ダメな夫」だった事実は覆ることはないが、今の東出は少なくとも日々を必死に生きようとしているように見える。冬場は水道管が凍るほどの厳しい寒さの山小屋で過ごして、獣を獲り、畑も耕す。自然の中で獲って喰う彼の生活を追う本作は俳優をスキャンダラスな視点で追うものではなく、狩猟ドキュメンタリーとして撮っているように見えた。それを補足するように要所で服部文祥が語る狩猟哲学も挿入されるが、服部の命を食べることと生きることについての考えは興味深いもので、彼を追ったドキュメンタリーを見てみたいと思わされた。

140分と長尺の作品だが、東出の友人でもある2人組ラップグループMOROHAのライブ映像が挟まることで場面の切り替えにもなり、飽きずに見切ることができた。MOROHAはアコースティックギターとMCのみというラップのグループとしては異色だが、メッセージ性の強い彼らの曲は必死に今を生きる東出の心情や状況を代弁するようだ。

事務所を退所し、現在はフリーで活動する東出は、近年は舞台や映画を中心に俳優活動を行っている。『Winny』ではファイル共有ソフトの利用者による悪用から逮捕されることになってしまったソフト開発者を演じ、『福田村事件』では主人公の妻と不倫する船渡しを演じた。Winnyの開発者は裁判の末に無罪を勝ち取ったが、世間からのバッシングは強烈だった。『福田村事件』の船渡しは不倫以前に戦争に反対していることを責められていた。どちらの役も村八分のような状況の渦中の人だが、当然東出の過去にも重なってしまうわけで、そういった役を熱を入れて演じるのは彼にとっては贖罪なのかもしれない。裏切られた側からすれば関係のないことだろうし、過去に起こした過ちは変えられないが、自らの過去を作品の中で昇華させ、芸を高めていく東出の俳優としての生き様は見届てみたいと思わされた。『WILL』はそんな東出の今を切り取った、これからの彼を知るためのドキュメンタリーとして価値あるものだ。