雑多庵 ~映画バカの逆襲~

管理人イチオシの新作映画を紹介するブログです。SF、ホラー、アクション、コメディ、ゲーム、音楽に関する話が多め。ご意見・ご感想、紹介してほしい映画などあれば「Contact」からメッセージを送ってください。あと、いいお金儲けの話も募集中です。

今回は日本映画を紹介。イラストレーターや小説家など様々な活動をしているリリー・フランキーさんが真逆の役柄を演じたものが同時期に公開されたので二本まとめて紹介します。俳優を本業としていない人ですが、どちらの作品でもいい演技を見せてくれます!

まずは、『凶悪』
o04530640kyoaku_large.jpg


この映画は2005年に月刊誌「新潮45」(劇中では「明朝24」)で掲載されたの記事をまとめた『凶悪 -ある死刑囚の告白-』を原作とした実録犯罪ものの映画です。ところどころ脚色されてはいますが、かなり忠実に映画化されているようです。

「茨城上申書殺人事件」の経過についてはこちらのサイトが詳しいので、映画を観て気になった方はご覧ください。読売新聞の連載記事もどうぞ。

ブログでは映画に絞って書いておきます。

あらすじ
雑誌記者の藤井は編集部に届いた手紙の送り主を訪ねて死刑囚の須藤と面会する。須藤は警察に話していない三件の殺人事件について告発するという。その事件の裏側には「先生」と呼ばれる男がかかわっており、シャバで自分だけ逮捕されずに暮らしている男への復讐として記事を発表して追いつめたいというのだ。最初は半信半疑だった藤井だが、何度も面会して取材を重ねるうちに恐るべき犯行の数々が事実だと次第に判明する。藤井は編集部に記事にできないと言われようとも取材に没頭していく。

記者の藤井役に山田孝之。事件の調査に没頭して服はヨレヨレ、無精ひげ、目の下にはクマという見た目の変化だけでなく、経過に合わせて11段階に分けたという演技の変化にも注目です。認知症の母を妻(池脇千鶴もナイス演技!)に任せきりで家庭の問題を保留してしまうのは見る人によっては他人事には思えないでしょう。凄惨な事件は惹きつけるもので、追うものの身を破滅へと導いていく展開は実録犯罪ものにはつきものです。デヴィッド・フィンチャー監督『ゾディアック』やポン・ジュノ監督『殺人の追憶』がそのいい例(どちらも実際の未解決連続殺人事件を元にしています)。「怪物と闘う者は、そのために己自身も怪物とならないように気をつけるがよい。お前が永い間深淵を覗き込んでいれば、深淵もまたお前を覗き込む。」とはニーチェの言葉ですが、この場合も当てはまると思います。

特筆すべきは須藤役のピエール瀧と先生役のリリー・フランキー。俳優ではなく、普段はお笑いのイメージのある二人だからこそ感じる怖さに注目です!朝ドラ『あまちゃん』でいい感じの寿司職人だった人が人を殺しても何とも思わないヤクザを演じているから怖いのなんのって!特に多額の借金を抱えた一家のじいさんに保険金をかけ、酒を飲ませ続けて自殺に見せかけて殺す場面では楽しそうにスタンガンをあてまくり、酒をのませまくる二人には戦慄すること間違いなし。じいさん役のジジ・ぶぅさんは年齢以上に老けていて(まだ50代)、リリーさんの知り合いなので思い切って水を飲ませまくり(3、4リットルも飲んだそうです)、瀧さんはビンタを本当にあてちゃってます。

そんなハードな現場を仕切り、重厚な演出をしたのは白石和彌監督。2012年に亡くなった若松孝二監督のもとで修業しただけあって、暴力や性描写のハードさは若松監督のそれに近い感覚があります。今の日本映画には少ないハードでダークな内容なので人を選ぶと思いますが、現実の怖さを映画館の暗闇の中でのぞき見る感覚を体感するためにも見てみるといいかと思います。ただ、飲み込まれてしまわないようにご注意を。



二本目は『そして父になる』
74264.jpg

ミュージシャンの福山雅治さん主演でつくることを前提に企画された作品です。2013年のカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞しました。

あらすじ
主人公は野々宮良多は妻みどりと6歳になる息子の慶多と東京の高級マンションに住むエリートサラリーマン。何不自由ない幸せな人生なはずだったが、ある日慶多を生んだ群馬県の前橋市の病院から子供を取り違えていたと告げられ、順風満帆な生活に揺らぎが生じる。実子は前橋で地元の電気店を営む斎木夫妻に育てられ、琉晴と名付けられていた。子供とのつながりは血か?時間か?「交換」するのが正解なのか?良多は選択を迫られていく。

映画のシナリオは監督の是枝裕和さんが仕事が忙しく家になかなか帰れなくなり、子供に家を出る際に「またきてね」と言われるようになってしまったのがきっかけだそうです。そういった個人的な思いから作られていますが、子供を持つ親ならば誰もが共感できる普遍的な話となっています。親になったことがなくとも将来的に子供を持った時にどう子供と接していくべきなのか、父になるとはどういうことなのかを実際になる前に考えるきっかけとして見るのもいいのではないでしょうか?筆者は人生の予行演習として本作のような映画を観ています。

特筆すべき点は是枝監督のどこまでも自然な演出でしょう。最近は子役ブームで演技をしっかりする子役も多くなってきていますが、本作の子役は演技していないのでは?と思えるほど自然に見えます。クレジットを観て気付きましたが、慶多くんは本当に慶多くんなんですね!なんでも、監督は子役には大まかにしか演技をつけず、セリフも大まかにしか決めないそうです。子供の演出は難しいと言われていますが、演出しないことで逆に良くなっているケースはカンヌで審査員長を務めたスティーブン・スピルバーグと同じ手法です。キャリアの原点がドキュメンタリー制作の是枝監督はその過程で様々な人と接してきた経験が、被写体にカメラを意識させないようなナチュラルな演出につながっているのだと思います。

「そして父になる」とは映画の内容そのままで、主演の福山さんが真の意味で父親になっていくという話となっています。実際まだ独身で父親ではない福山さんにはぴったりの内容でしょう。一流企業に勤めていて、イケメンでという完璧なような男でも父親としては全然ダメなのです。仕事ばかりで帰りが遅いことは多く、休日出勤はザラ、家でも仕事ばかりで子供の教育もほとんど妻に任せていて、子供には「なるべき人間」を押し付けているというダメっぷり。その分妻の一人息子への愛情と地元から離れた都会の核家族だからこその孤独が際立ちます。実際は関西弁のおばちゃんの尾野真千子さんですが、難しい役を巧みに演じています!インテリで金持ちの野々宮夫妻に対し、斎木夫妻は金はないけど三人の子供がいて、とても賑やか。夫役リリー・フランキーの田舎のアホだけどいいオヤジっぷりが素晴らしい!子供と遊ぶ様子が何ともほほえましく、ダメ父親の福山に父親のありかたを示していきます。いいこと言いますよ!『凶悪』では超怖かったけどね!実はピエール瀧がちょっとだけ出演しているので、狙っているのか!と言いたくなってしまいました(笑)。妻役の真木よう子さんも夫も含めて子供だらけの家族を支える田舎のかーちゃんを好演しています。泊りに来た慶多へも愛情を注ぐ斎木夫妻には泣かされましたよ。

撮影を担当したのは写真家の瀧本幹也さん。大和ハウスのCMを手掛けたことで有名です。フィルムで撮影したからこその若干ダーティな感覚が気持ち良く、ロケーションもいいですね(ちなみに『凶悪』もフィルムで撮影しているとのこと)。いい画がけっこう出てくるのでお芝居としての面白さだけでなく、映画的な面白さも確保されているのでご安心を!

映画は最後の判断を明確には提示しません。その後登場人物たちがどのような生活を送るようになるかは観客が考えるべきことで、判断は観客自身がすべきこととして突きつけられます。「判断材料は与えました。では、あなたならどうしますか?」と。


このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット

トラックバック